日本酒の知見を活かす醤油蔵——五代目が挑む、新しい伝統

日本酒の知見を活かす醤油蔵——五代目が挑む、新しい伝統

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創業113年、有田川の老舗「カネイワ醤油」——伝統と実験精神が息づく醤油蔵

和歌山県有田川町にある「カネイワ醤油」は、今年で113年目を迎える老舗の醤油蔵。四代目、五代目の岩本さん親子が守るこの蔵では、100年以上使い続けてきた木桶と、空海ゆかりの清らかな湧き水を使った“本物の醤油づくり”が今もなお息づいています。今回は五代目の庄平さんにお話を伺いました。

大学卒業後、庄平さんは一度、日本酒の酒蔵で麹づくりを学びました。「日本酒造りは繊細で、自由が利かない世界。でも、醤油には実験ができる余白がある。」と語ります。その経験は、今の醤油づくりに活かされており、味や香りにこだわった仕込みが行われています。

インタビュー風景

かつて有田川町における醤油づくりは、農家が片手間に行う程度の小さな営みでした。しかし「地元で醤油を作ってほしい」という声に応える形で、湯浅醤油に学びながら本格的な醤油づくりをスタート。今では町内で唯一の醤油蔵として、国内外から訪れる人々を迎えています。高野山への参道沿いという立地もあり、外国人観光客がふらりと立ち寄ることもあるのだとか。

カネイワ醬油

空海の“不老長寿の水”とも言われる名水と、150年の樹齢を持つ木材からつくられた木桶。そして100年以上の歴史を刻む蔵。この場所で生まれる醤油には、土地の記憶と人の手のぬくもりがしっかりと染み込んでいます。代々受け継がれる技と、新しい発想が交わる場所——それが、カネイワ醤油の魅力です。

蔵の中で受け継がれる、手間ひまと菌のちから

醤油蔵の見学

取材では、五代目・庄平さん自らが醤油蔵の中を案内してくださいました。そこに広がっていたのは、天井まで届く大きな木桶と、ほのかに漂う香ばしい香り。建物自体も100年以上の歴史があり、梁や壁には微生物たちが住みつき、蔵の個性を醸し出しています。「蔵付き酵母」という言葉があるように、この空間そのものが、醤油の味を形づくっているのです。

醤油

仕込みに使われるのは、すべて国産の大豆・小麦・塩、そして空海ゆかりの名水。この水が、発酵を穏やかに、そして力強く支えています。まずは蒸した大豆と炒った小麦に、種麹をふりかけて「麹(こうじ)」をつくります。これが、味と香りの基礎をつくる大切な工程です。庄平さんは日本酒蔵で麹づくりの経験を積んでおり、そのノウハウを活かしながら、日々丁寧に麹と向き合っています。

この作業は「麹室(こうじむろ)」という専用の部屋で行われ、温度や湿度を繊細にコントロールしながら、数日間かけて麹菌を育てていきます。ふわっと湯気が立つようなあたたかい空間の中で、発酵の第一歩が静かに進んでいきます。

麹室

出来上がった麹は、きれいな塩水と一緒に大きな木桶に仕込まれ、「もろみ」と呼ばれる発酵のタネになります。このもろみは、およそ1年の歳月をかけてじっくりと熟成されます。四季を通して温度が移り変わる中、木桶の中では菌たちが活動を続け、少しずつ、まろやかで深い味わいのしょうゆへと姿を変えていきます。時間とともに、風味が深まり、旨みが増していく過程は、まるで生き物を育てているかのよう。

仕上げに、もろみを布で搾って生醤油を取り出し、加熱処理や瓶詰めを経て、ようやく1本の醤油が完成します。

醤油づくり

大量生産ではけっして出せない、まろやかさと香り。その裏側には、静かな蔵の中で生き続ける菌たちと、それを見守る人の手間と技があります。